この大空に翼をひろげ
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何とか
魔の3月、4月を乗り切った。

3月上旬からの点滴治療が奏功したのだろう。

激鬱スパイラルに見舞われることなく、何とか2ヶ月を乗り越えた。



で、なんだけれども、ある方から、保健所に連れて行かれたのら犬のワンコたちや、ペット・ショップで売れ残ったワンコたちの末路を聞いた。

すごいショックだった。

毎朝のウォーキングの最中にすれ違う、飼い主に散歩に連れられているワンコたち。

みんな、個性豊かな表情をしていて、とっても可愛い。

愛らしい。。

しかし、前述のワンコたちの末路は・・・・・・。

人間っていつからそんなに偉くなったんだろう?

何かはき違えていないか?

俺は、昔から、自分の面倒を見るのが精一杯なため、ワンコは飼えないけれど、「人間」に久々に憤りを感じた。

人間は、間違いなく「地球」に滅びさせられるだろう。

「デビルマン」に出てくる、デーモンは「地球」だ。

あぁ、ダメ、ちょっと鬱が出てきた。

以上、吐き出しでした。
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尾崎豊
ゆうママさんとるっちさんに「尾崎ネタ」があったので、以下のことを書く。
これは、92年の出来事(芸能欄)を俺が綴った文。



*尾崎豊、突然の死去-死因は急性アルコール中毒による肺水腫、享年26歳。
・1984年、ティーンエイジャーの心象風景を等身大で歌い上げた邦楽屈指の名盤『十七歳の地図』でデビューを飾り、MTV勃興期以前であった為、雑誌の小さい記事と口コミでファン層を広げ、その年の末に日本的なビッグネームとなる。そして、1985年、あの音楽史上に名高い大ブームを呼び、若者のカリスマ的存在となり、数々のトラブルは引き起こしたものの常に邦楽シーンの中心に位置しつづけていた。
・しかし、尾崎豊、彼について批評的視点に基づいて言わせてもらうならば、彼のミュージシャン生命(その才能と存在そのもの)はファースト・アルバム『十七歳の地図』で終わっていたのだ。85年のあのおよそ尋常とは言えない大ブームにあって、マスメディアによって創り上げられた「尾崎豊」像とプロダクション・ワークによって造られた「尾崎豊」という商品が“尾崎教徒”とでもいうべき狂信的ファンの群集心理のなかで一人歩きし始め、尾崎豊自身が「尾崎豊」を裏切りそして超えていくことが出来なかった為、彼は「尾崎豊」に潰されてしまったのだ。彼の存在が86年以降虚無的でありつづけたのはその為であった。海外の優れたロック・ミュージシャンは、常にラジカルな方法論でファン心理に伴う自己を裏切ることによりファンを超え(即ち自己変革を行い)、音楽的にも常に変化しながら、メディアとしてのロックン・ロール[ミュージシャン自身とその音楽]を再組織してゆくのである。しかし、不幸にもそうした才能がなかった尾崎豊は、「尾崎豊」のなかに埋没し、音楽的にも金太郎飴のまま仮想的としてのファンを超克することが出来ず、無責任なメディアと彼に寄生する業界人、そして盲目的で批評性のないバカなファンの為に殺されたのだ。
・しかし、しかし、それでも、『十七歳の地図』は邦楽屈指の金字塔であり、タイトルナンバーである「十七歳の地図」がまぎれもなく日本の「ボーン・トゥ・ラン」であることを考えれば、彼、尾崎豊というミュージシャンはほんの一瞬であったにせよ偉大な才能の輝きを見せたと言ってよいだろう。米英における50年代から一歩も進歩し得ない日本のポップミュージック・シーンにあって、RCサクセション、山下達郎、坂本龍一、竹内まりや等々極一部の才能とともに状況を超えた偉大なアルバムを創り上げたのだから。
        -合掌。


と、書いた。
俺は、84年初頭に『十七歳の地図』を聴き、そのリアリティにすごい衝撃を覚えたことを、今でもリアルに思い出せるよ。
俺は、尾崎豊と同い年。即ち、彼が生きていたら今年で42歳だった。
42歳になった彼が、どんな歌を書いたか関心があるよ。




アモキサン切れ
俺の抗うつ剤の主力はアモキサン。

即効性があって、俺とは相性のいい薬。

9年間、つきあっている。

しかし、アナフラニール入りの点滴治療が関係したのか、アモキサンが午前10:30と午後4:30に切れる。

即効性がある反面、体内半減期が短いためだ。

切れると、頭が激しくぼやけてグラグラする。

医者からは「分割して服用するように」言われたが、それでも1時間後には切れる。

これって、マジでしんどい。

三環系で、体内半減期が長く、即効性のある抗うつ剤はないかなぁ。

はぅ。。

コーヒーとパスタ
本日、俺が空手の指導をしていた地元の警察署に行って、指導員を辞める旨、話しをしてきた。

組手を出来ないくらい、今は離人症が悪い。

でも、いい話もあるんだ。

その全段として、

暫く前に、「県北障がい者就業サポートセンター」なるところに赴いて、相談にのってもらい、登録してきた。

その「県北障がい者就業サポートセンター」とは、この4月から、知的障がい者の授産施設が、県の商工労働部より委託を受け、同事業を開始したもの。

で、知的障がい、身体障がい、精神障がいをもつ人たちの就労を支援するというもの。

発足間もないため、責任者たちも手探り状態だが、責任者は若いながらも実直な人柄で安心した。

手をこまねいていても現状打破の機会は訪れない。

ダメ元で、行動することが大事だ。

で、なんだけれど、その授産施設の喫茶店のコーヒーを飲んだら、失礼ながら、美味しくなかった。

ので、責任者の許可を得て、俺がコーヒーの炒れ方の指導をした。

会津まで行って、お湯を沸かす鉄瓶を買い求め、山形から、複数のコーヒー豆を取り寄せた。

そして、先ずは俺が自分でコーヒーを煎れて、彼等・彼女たちに飲んで貰った。

したら、みんな、「すごく美味しい!」と喜んでくれた。

やはり、笑顔を見るのって気持ちがいい。

そして、3日間かけて、みんなにコーヒーの炒れ方の指導をした。

みんな熱心に頑張ってくれて覚えてくれた。

その翌日、2年ぶりに、NPO法人の精神障がい者の授産施設に行き、そこの喫茶店(俺が、コーヒーとパスタのつくりかたを伝授した)に入ったら、満員の人!

話しを聞くと、俺が伝授したコーヒーとパスタが大好評とのこと!

びっくりしたなぁ~。

でも、そこの障がい者の人たちも生き生きしていたよ。

4/16の続き・ぽよよ~ん
4/16に書いたやつの続きなんですが、まぁ付き合って下さい、紳士淑女の皆さん。

2月下旬に、何気なくメールを立ち上げたら、4/16に書いた、性欲が乏しく親父のカローラを乗り回し蓄財だけが楽しみの何故か同じうつ病を患って休職中の友達ではない自治体職員(長いので、腐れち○こ、と命名する)からメールが来ていた。

開かねばよかったものを開いてしまった。

すると「ス○パーのチャンネル×××で○時からの放送を見るように」と記されてあった。

あ、そうか、腐れち○この奴、俺が大のサッカー・ファンだということを知っていて、それを見ろということだな、よしよし進歩したな、と思い、その時刻になってTVをつけた。

すると、

?????(゜□゜)??????

金髪美女のエクササイズ番組

「はい、身体を横にして脚を上げて、ワンツーワンツー

理解できねえっっっ(泣)!

「はい、仰向けになって両脚を広く高くあげて、ワンツーワンツー

そ、そうか、そうだったのか・・・・、君は性欲が乏しい、とは言わなかったが、福島にUターンして○○年で君が付き合った女がゼロというのは問題大ありだぞ!っと言ったが、その返答がこの金髪美女のエクササイズ番組か?!

「はい、腰に両手を当てて、腰を高くあげて、ワンツーワンツー

だ、ダメだ。具合が悪くなってきた、もう寝よう・・・・・・、とベッドに沈没した俺です(・・、

コーヒー飲み過ぎた、うぇ。
行動パターンも思考回路も趣味も全く違ううえに、バラバラな行動をとるのに、なんでか小学校、中学校と9年間同じクラスで、どういう訳か席替えのくじ引きで席が必ず前後か隣になっていて、よく解らないが偶然にも入った大学まで同じだったという(高校はちがかった)・・・・・・傍らから見ても本人たちから見ても不思議な関係を保ちつつ早○○年、という友達ではない人間がいるのだが、そいつは自治体職員で性欲も乏しく何を楽しみに生きているのか解らないのだが、何故か偶然にうつ病を患い休職中とのことで、2月上旬我が家にやって来た。

その前夜、体調が芳しくないのでサッサと寝た(くたばっていたという方が正解だな)ので、来てほしくなかったのだが、しゃーなかったので家にあがらせた。

こいつと会うのは何年ぶりか、などと考えるのも面倒なのでやめた。しかし、女っ気は昔も今も乏しいようだ。蓄財だけが楽しみなのだろう。だいたい数年前に引っ越しして、福島のチベットに住んでいる、ということからして人生、誤っている。

以下、回想シーン。下の会話文が俺。

~中学時代~

「俺ら中学卒業したらどうなんだべねぇ」
「しらね」

~大学時代~

「俺たち4年後なにやってんだろうねぇ」
「知らない」

~社会人2年目~

「俺だぢ5年後どうなってんだべねぇ」
「知らん」

~数年後~

「あと2年たったらどうなってんだべ」
「知らないよ」

~そしてこの前の2月上旬~

「俺らどうなっちまうんだべ」
「知らないなぁ」

進歩のねえ会話だな!(大笑)

もう2度と会わねえことに、その時点では決めた。

だいたい、うつ病のせいと抗うつ剤のせいもあろうが、こんな女に関心がなく親父のカローラを乗り回して蓄財だけが楽しみの田舎者と同病だというのが哀しい。

だいたい、人んちに来て、コーヒー8杯も飲んでくか普通?!

に、しても、すんげー疲れて、夜、俺は沈没した。

しかし、この男の趣味って何なんだ?訊いても、「この前屋根にのぼった」だもんな・・・・・・。

(この稿、続く)

社会保険事務所
今日は、社会保険事務所に行ってきた。

障害厚生年金の受給申請の為。

主治医のアバウトな診断書をフォローすべく、申立書はきっちり書いた。

や、それでも、突っ込まれるとイヤな部分もあるので、気は抜けなかったわ。

いかし、社会保険事務所の窓口はけっこうゆるかった。

ので、助かった。(*´0`*)=3   ホッとしたでやんす。

されど、厚生年金の財源問題(厚生年金を民間に委託?するなんて案もあったよね)が厳しいから、障害厚生年金の支給も年々厳しくなってきているとのこと。

まぁ、書類は提出してきたけれど、診断書や申立書、現在の生活等々のついて、内容照会のTELは2、3回はあるだろうな。

勝負の分かれ目はそこだと思っている。

どうか無事に障害厚生年金が支給されますように。3級でいいから。




あ、そうそう、点滴集中治療の為か、桜を見ても神経に突き刺さらない。


抑鬱・2
昨日、主治医から障害厚生年金受給申請の為の診断書をもらった。

中身を見たら、とても申請が通るような内容だとは思えなかった。

しかも「思考に柔軟性が欠け、それが対人摩擦を引き起こしており、社会に適応しにくい性格」と書かれてあった。

それは、当たらずとも遠からずだが、「思考に柔軟性が欠け」はケース・バイ・ケースで対応していた。

さもなければ、「組織」のなかでやっていくことは困難だ。

医者には往々にして「世間知らず」が多い。

主治医は人の「側面」だけ見て、人のすべてを理解しようとはしてくれない。

俺の居住区で、やっと巡り会えたマシな医者なのに。。

おかげで、今朝から、泥のような抑鬱を来した。




以下、吐き出し。

うつ病に罹ると、自信が著しく失われる。

うつ病を発症してから、自信という自信を失った。

そして今も自信が戻ってこず、そんな自分を激しく憎悪する。

うつ病も離人症も、実際実生活に酷い影響を及ぼしている。

うつ病にさえならなかったら、今の俺は・・・・・・。

こう思ったことが何度あったか。

この病気は、ホント、人生をむちゃくちゃにしてくれる。



俺は、何処へ行くのだろうか・・・・・・。

仕方がない
昨日、「少年少女・空手教室」の指導員を辞める手続きを行ってきた。

と、言っても、2月まで週1しか教えていなかったんだけれども。

ただ、俺が心身ともに限界で、気力が追いつかなくなった。

そしたら、昨夜、中学生の男女、4名が家に来て、

「甲斐先生、辞めないで下さい」

と、涙ながらに訴えられた。

でも、仕方がないよね。

今は、底まで落ちた病気を回復させねば意味がない。

あと、今日は、障害厚生年金申請の為の診断書が出来あがったというので、取りに行く。

はてさて、何と書かれているか?

抑鬱
俺は、うつ病9年目。離人症2年目。

この病気のせいで、ほんとに人生設計がガタガタになった。

もう勘弁だ。

昨日も身体がだるくて、抑鬱に見舞われた。

桜の時期に入るのかと思うとほんとに嫌だ。

この病気は、ほんとになった人にしか解らないかも知れない。

病気に罹ったばかりの頃の急性期のときのもの凄い不安感、夜毎に理由なく流す涙、激しい自己否定、いつもなら5分でできる仕事に1時間以上かかってしまう能率の悪さ・・・・。

自分で自分をどうしようもなくなって病院に飛び込んだときには症状が酷く悪化していた。

同じ病に悩む人は多いと思う。

それからそれを理解できない人ももっと多いと思う。

傍目には判らないから。

でも本人は突然冬の海に投げ込まれて、上も下も解らずもがいている状況なんだと、理解してほしい。

心の病気になって一番思うことは、

そしてなかなか叶わないことは、

元気だった頃の自分を返して欲しいということだ。

病気と闘って無駄になった時間も全て。

それが虚しいことであると解っていても・・・・・・。

ピンチ!
あのね、3月中の毎日の点滴治療の結果、

1ヶ月で体重が6キロ増えました。

デブ甲斐です。

や、太ったのは、多分、ジェイゾロフトの副作用もあると思う。

ゾロの体重増加はパキより軽い、と言われているが、新薬の為、情報量が少なすぎる。

しかし、だぶついた腹と重い身体には参ってしまう。

されど、4月も集中治療に当たらねば、「心」が危険だ。

なので、5月に入ったら、空手の稽古を再開し、ダイエットするぞ。




ところで、03年に比べて、うつ病患者のHPが現在少なくなってきているけれど、ブログが増えてきていることを、先月知った。

まぁ、俺もその1人なんだけれど。

しかし、「ニート」と呼ばれる人たちの中には、心の病で社会参加が出来ない人たちがいることを、政府には理解して欲しい。

そうした人たちを救済せねば、少子化にも歯止めが利かない。

薬を服用していては、安心して子どもをつくれないから。

うえ~ん ><。
あのね、3月の中旬に従姉から、雌の文鳥を1匹頂いたの。

「アニマル・セラピーだ!」と、喜んで飼うことにした。

名前は、チャッピー、と名付けた。

そして、1匹では可哀想だから、雄を1匹飼おうと思っていた。

したら、昨日、俺がクリニックに行っている間、母が不注意から、チャッピーを外に逃がしてしまった。

ふえ~ん ><。

ボケてきている今年76歳の母を責めることはできない。

でも、哀しいな。。




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